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『One world プロジェクト』とは
◆支援物資をご提供下さる方へ◆
日本対がん協会の場所を借りての大規模募集は終了しましたが、今もご寄付は受け付けています。
カツラ・帽子等をご寄付下さる方は
1WPro2011★gmail.com
までお問い合わせ下さい。
(★を@に置き換えて下さい)
◆第九次★最終★募集要項はこちら◆
◆お手入れ方法のチラシはこちら◆


★OneWorldかわら版★はこちら

2011年4月11日、東日本大震災の被災地のがん患者さん向けに、カツラや帽子、乳がん患者さん用ブラなどを届けようと、有志6人を発起人に始めたプロジェクトです。全国から寄せられた支援物資を東北の各病院にお送りし、それぞれの相談支援センター、患者サロンなどを通して、患者さんに手渡ししていただいています。発起人について詳しくは「Profile」をご覧ください。
PROFILE
チラシ類のダウンロード
プロジェクトの紹介チラシ、カツラのお手入れ方法をまとめたチラシなど、各種PDFファイルをご希望の方は、◆こちら◆ からダウンロードしてください。
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One world プロジェクト

〜東北のがん患者さんにケア用品を届けよう〜
東北のがん患者さんに、医療用のカツラやケア帽子を届けるプロジェクト。乳がんサバイバー、医療者の有志6名で立ち上げ、たくさんのご支援を受けて頂いたケア用品を被災地へ発送しています。
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    3回目の3月11日に寄せて
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      昨年12月、石巻の友人を訪ねました。友人は介護老人福祉施設を運営しており、3年前の3月11日は、津波の到来を察して、犬を含めた利用者・入居者・スタッフなど総計百人とともに高台へ無事に避難することができました。
      そのときの仲間とともに、この春から、新しい施設での生活がスタートします。「ここがあるから頑張れる」、工事中の給食室で、彼女の笑顔はピカピカに輝いていました。
      彼女自身は今でも仮設住宅で暮らしています。自宅があった場所は、復興記念公園になるとのことでしたが、まだまだ土地の所有権などの合意形成ができておらず、見通しは全くたっていません。でも、少しずつ、ちょっとずつ、ゆっくりと、もとの生活のリズムが戻ってきています。
      ワンワールドが始まって3年。多くの人の思いとつながることができました。活動自体はいったんの区切りとなりますが、私たちの思いはずっとつながっています。少しずつ、ちょっとずつ、ゆっくりと、またお手伝いができたら有難いなぁと思っています。
       <桜井なおみ>

      3年前の3月11日に埼玉・東京で震災を経験し、その後に京都に移って2年半がたちます。約20年前の阪神淡路大震災のお話は、この京都の地でも、いまだに患者さんや地元のかたからお聞きすることがあります。このような経験は、次へ伝え続けることの大事さを感じています。
      One worldプロジェクトは、ここで一応の区切りとなりますが、個々人で、また医療者としてできることを続けていきたいと思います。
      ボランテイアのみなさま、対がん協会のみなさま、ご協力いただいた企業のみなさま、そして現地の医療者のみなさまと支援品を大事に使用いただいている患者さん全員に、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。本当にありがとうございました。
      <佐治重衡>

      あれから3年。あのときの衝撃、それに続く混乱、これまでの日々、これからのこと、さまざまな想いが去来して言葉になりません。
      亡くなられた方々のご冥福をあらためてお祈りするとともに、今なお苦悩しつつ頑張っておられる方々に幸あらんことを願い、ワンワールドを通じて結ばれた方々への感謝をこめて、
      合掌。
      <寺田真由美>

      あれから3年。都内であの震災を経験した私でさえ恐怖を感じたのですから、大きな被害となった地域のみなさまのことを思うと、3年だった今でも言葉では言い表せません。
      私が乳がん罹患者でなければ、あの日の恐怖を感じていなければ、この活動にはご縁がなかったかもしれません。人生の辛い経験は大きな節目になります。でも、あれは大きな節目だった。と思えるのは、前を向いて歩き始め、そして後から気付くもの。がんも、震災も、間違いなく私にとっての人生の節目になりました。ほんの少しでしたが、活動に参加させていただけたことに感謝いたします。ありがとうございました。これからも何らかのかたちで、引き続きお手伝いさせていただけましたら幸いです。
      亡くなられた方々のご冥福と、苦悩しつつも前を向いて進んでいるすべてのみなさまの幸せを、心よりお祈り申しあげます。
      <adnap 加藤史絵>

      あれから3年が経ちました。時間は過ぎましたが、まだ心から前に進めていない自分がどこかに居ます。
      この3年の間に、私は母になりました。無邪気におっぱいをせがむ息子を抱き、あの日、もしこの子がいたら私はどうしただろうかと思いをはせますが、答えは出ません。ご家族を亡くされた方を思うと、胸が苦しく居た堪れない気持ちになります。

      今日は、3年前の3.11と同じような朝からの天気です。
      朝から、我が家の上空をあの頃と同じように捜索のヘリと報道のヘリが飛び交っています。
      あの日私が経験したことを今日は少し書かせていただきます。
      あの瞬間、私が外来化学療法センターで治療薬の説明をさせていただいていた方は、岩手県の山田町から受診されていた方でした。
      地震の後、化学療法センターはバックアップ電源のお陰で、あの悲惨なテレビの情報を得ることができてしまいました。そのため、自宅から車で20分ほどの仙台空港への巨大津波の到達や、各地の惨状を知りうることができ、沿岸部から来院されていた患者さん方は自宅、ご家族の安否にどれほど心苦しい思いをされていたか…。今でも胸が苦しくなります。
      私はただ無我夢中で、患者さん方がすぐ必要なもの、薬の手配をまず第一に考えました。外来化学療法センターにいらっしゃった患者さん約10名ほどの方の処方箋をすべて院内処方で対応できるように、薬剤部へ手配しました。もちろん、麻薬処方箋も対応していただきました。また、災害発生後は医療機関への受診がままならなくなると判断し、処方箋だけを調剤薬局へ持っていく特別措置についても、すべての患者さんへ説明しました。薬剤部へ戻ってからは、薬剤部での翌日、翌々日の院内で予定されている抗がん剤の処方箋を確認する業務が残ってい居たため、実施はされないだろうけれども、その準備を行いました。そして、院内は非常事態体制を18時に決定し、トリアージの開始となりました。
      そして、夜8時過ぎに大学病院から真っ暗な仙台市内を同じ自宅方向の同僚と二人自転車で車のライトを頼りに自宅へ走りました。
      途中、何カ所かコンビニがやっていましたが、何処もすでに人だかりで、すぐにものが買えるような状況ではありませんでした。長町というエリアでは、あちこちからガスのにおいが立ち込めており、火事も起き始めていました。
      余震の続く中、途中同僚と別れてからは、真っ暗闇で車のライトがなければ縁石線も判らず、何度も転びそうになりながら自転車を漕ぎました。
      自宅へ着いたのは、21時を回っていました。主人は病院で被災し、そのまま病院へ留まることとなり、帰宅しませんでした。
      それから、ラジオを一晩中かけながら、真っ暗闇を留守番をしてくれていた猫と共に不安な夜を過ごしました。『明けない夜はない!』と、繰り返し声に出しながら。
      12日、朝を迎え午前中主人が帰宅するのを待ち、それから自転車で病院へ。途中、新幹線が橋脚の上に停まっているのを何かのオブジェのように見上げながら、涙が止まらなくなりながら自転車で職場へ急ぎました。
      それからは、無我夢中で過ごしていきました。

      全国、全世界からの支援物資は健常者の方へのものが多く、特に治療途中の方、特に女性、子供向けのものはほぼ皆無でした。仕方がないのかもしれません。でも、私は納得ができなかった。
      どうしても、治療途中の方へ寄り添いたかった。あの時の私にできることは、それ(がん化学療法中の方への支援、Wigの支援、乳がん患者の方々への支援)しかない!状態だったからです。
      あれから3年が経ち、徐々に自立に向けて何とか1歩を踏み出そうとなさっている方々が多くいます。One World Projectも支援の形を変えながら、常に被災された方々に寄り添っていきます。
      明けない夜はない!共に前へ!
      <東北大学病院薬剤師 北村奈央子>

      2011031602.JPG
      (震災の5日後、千葉にて)

      (メッセージは到着順。今年は発起人にくわえボランティアさんにも投稿を呼びかけました。届き次第、さらに追加させていただきます)
      | 事務局よりお知らせ | 09:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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